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東京高等裁判所 平成5年(う)403号 判決

本籍

京都市伏見区京町五丁目一〇六番地の一

住居

同市伏見区深草大亀谷東寺町二一番地

会社役員

小畑一夫

昭和二一年三月一〇日生

右の者に対する相続税法違反被告事件について、平成四年一二月一七日横浜地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から控訴の申立てがあったので、当裁判所は、検察官五島幸雄出席の上審理し、次のとおり判決する。

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人多田武、同石田省三郎共同作成名義の控訴趣意書に記載されたとおりであるから、これを引用する。

第一事実誤認の主張について

一  原判決の認定事実の要旨

原判決は、被告人が、藤井章夫(以下「章夫」という。)、中村完、谷篤と共謀の上、本件の被相続人である藤井隆次(以下「隆次」という。)には坂本勝男からの借入金四億円及び未払利息二〇〇〇万円の債務があり、隆次の養子章夫と隆次の実子である芳江が右債務をそれぞれ二億一〇〇〇万円宛承継したとの虚構の事実を捏造し、これを控除した内容虚偽の相続税申告書を所轄税務署長に提出して、章夫の正規の相続税額一億一四六九万九九〇〇円との差額一億一〇八三万七二〇〇円を免れ、かつ、芳江の正規の相続税額一億二四二六万一五〇〇円との差額一億一七九三万三九〇〇円を免れさせた旨認定した。

二  論旨の要点

被告人は、章夫らから相続税の節税対策を依頼され、当初は政治家に依頼してその政治力で節税を実現しようとし、次いで中村を通じた同和団体の税務当局に対する折衝力でこれを実現しようとしただけであって、中村が架空債務を計上した内容虚偽の章夫ら夫婦の相続税申告書を税務署長に提出するなどということは知らなかったのであるから、不正の行為により章夫ら夫婦の相続税を免れるとの認識がなく、本件については無罪であるのに、有罪の認定をした原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認があるというのである。

三  当裁判所の判断

原審記録及び証拠物を調査し、当審における事実取調べの結果をも併せて検討するに、原判決の認定事実は正当であり、論旨は排斥を免れない。以下、原判決の事実認定の根拠となった四つの主要な状況に即し、敷衍して説明する。

1  第一に、被告人は、直接章夫から同人ら夫婦の相続税が安くならないかとの相談を受ける以前の段階で、知合いの石射克之を介し、すでに税の専門家である税理士が計算した遺産の額や、それに対する相続税の総額を知っており、しかも章夫ら夫婦との面談に当たり、予め、石射の情報を伝えて呼び寄せた同和対策新風会の幹部であった谷を同席させており、章夫から正規の税額を五〇〇〇万円位減額できないかとの相談を受けると、普通の人にはできない税務処理が可能だという同和団体を関与させることまで章夫ら夫婦に伝えて同人らの依頼を引き受けているのであって、このような被告人の態度は、被告人が不正な方法による脱税を認識していたことを表すものというべきである。

(1) すなわち、関係証拠によると、章夫及び芳江は、昭和五九年一〇月一八日、隆次の死亡によりその遺産を相続し、荻原育子税理士に相続税の申告手続を依頼したが、同年一一月末ころに至り、遺産が総額約四億九〇〇〇万円もあり、その相続税は合計二億五〇〇〇万円位になると知らされたことから、相続税が少しでも安くならないものかと腐心し、昭和六〇年ころ、出入りの不動産業である石射や臼井一政らにその旨を話しておいた。すると、同年三月下旬ころ、石射から「京都の方で税金に詳しく、同和にも顔がきき、力のある人がいるので一度合ってみないか。」と言われて、その誘いに応じることにした。

被告人は、昭和五八年に半年ほど同和対策新風会の理事をし、本件当時全日本同和会田辺支部の顧問をしていたが、昭和六〇年三月下旬ころ、石射から、章夫ら夫婦の遺産や相続税の額を聞かされ、その税金を五〇〇〇万円程安くしてもらえる方法がないかとの相談を持ち掛けられたことから、章夫ら夫婦から直接話を聞くことにし、同和対策新風会の実践委員長をしたことのある谷に右の事情を話し、章夫ら夫婦の話を一緒に聞くよう依頼してその承諾を受けた。

被告人は、右のような過程を得て、同年四月一日、自宅において、谷、石射、臼井らの同席のもとで、章夫ら夫婦と面談した。その状況は、章夫の昭和六三年一〇月一六日付検察官調書によると、自分たちが相続した土地を売ることにしても付近の土地より低い価格でしか売れないのに、市の評価は付近の土地と同じなので困ってるなどと被告人に話すと、被告人は、「あなたは同和を知っていますか。同和は昔から迫害されて惨めな思いをさせられてきたので、その償いをするため、国が時限立法で保護している。我々には普通の人にできないような交渉ができる。とにかくやってみましょう。」などと言って、章夫ら夫婦の依頼を引き受けてくれたというのである。また、谷の昭和六三年一一月二日付検察官調書によると、章夫から被告人に相続税が二億五〇〇〇万円位掛かるが五〇〇〇万円位安くならないかとの相談があり、被告人は考えてみようとの態度を示し、自分は章夫の右話を税金を五〇〇〇万円ごまかしてもらえないかとの話と受け取り、章夫ら夫婦が帰った後、、被告人に対し、この話を税金問題に強い新風会の中村にやらせてみたいし、そうなれば自分に小遣いが入るし助かるので中村に会って欲しいと頼んで了解を得たというのである。章夫や谷の右各供述は具体的で、格別不自然、不合理な点はなく、石射が、昭和六三年一〇月一五日付検察官調書で、被告人が谷を同和関係の人であると紹介した上、同和関係の法律の話をしていた旨供述していることとも符合していて信用性は高い。

(2) これに対し、所論は、被告人は、章夫ら夫婦が自宅に来た際に、同和関係者を関与させて依頼に応えるという話をしておらず、専ら代議士の政治力を通じて努力するという話をしたと力説し、現にその前から代議士秘書に電話で税金が安くなる方法はないかと相談していたと主張し、また、章夫ら夫婦は、被告人宅に来る前に相談を持ち掛けた杉藤旬亮が同和関係者であったため話を打ち切ったことがあり、被告人から同和関係者を関与させる話をしたとすれば依頼を取り止めたはずであると主張して、章夫や谷の右検察官調書は信用性を争っている。

しかしながら、右代議士秘書は、同人の検察官調書中で、被告人の言うような相談を受けたことはない旨供述している。合法的な節税の相談事であったというなら嘘をついてまで隠す必要がないのであるから、その供述は信用することができ、被告人の原審公判廷における所論に沿った供述は信用することができない。また、章夫は前記検察官調書で、自分らが杉藤へ依頼するのを止めたのは、同人から税金を安くするには同和団体の会員にならなければならないと言われたり、その態度や風体から同人を信用できないと判断したためであると供述しており、同和関係者が相続税の減額問題に関与すること自体を嫌ったからであるとは述べていない。

2  第二に、被告人は、翌四月二日にホテルニューオータニで中村らと会談して以降、自分や中村らが得る巨額な報酬についても話し合っている。このことは、被告人が不正な方法により脱税を図ることを認識していたことを示す強力な証拠である。

(1) すなわち、関係証拠によると、被告人は、同日、谷の紹介により、ホテルニューオータニで中村と会い、同人に対し、章夫ら夫婦の相続税の減額法を依頼し、中村は、これを了承するとともに、五〇〇〇万円の報酬を要求し、被告人も、これを承知し、自分の方でも全日本同和に対する礼金四〇〇〇万円が見込まれることを伝えて中村の了承を得た。

また、被告人は、同月六日か七日、章夫に電話で相続税申告の件は一億八九〇〇万円で話がついたので、申告日に用意しておくよう申し向け、章夫は、同月八日、富士銀行厚木支店に右金額の融資を申し込んだ。他方、中村は、同月一〇日ころ、厚木税務署近くの喫茶店で被告人及び谷と落ち合い、同和対策新風会の中村と名乗って厚木税務署の上妻力夫総務課長にあった後、右喫茶店に戻り、右税務署での状況を被告人らに報告するとともに、被告人と谷に見えるようにして、新風会の便箋に税金二〇〇〇万円、全日本同和会へのお礼四〇〇〇万円、自分の取り分合計五〇〇〇万円などと記載したメモを作成して被告人に渡し、被告人もその内容を了承している。

(2) 所論は、中村らの右の状況に関する供述は信用できないと主張するが、その迫真力に照らして十分に信用することができる。特に、中村は、前記検察官調書中で、四月二日のニューオータニでの会談の状況について、被告人から章夫ら夫婦の相続税を五〇〇〇万円ほど値引きすることが出来るかどうか聞かれるとともに、「今はなんぼほどでやるのか。」などと聞かれ、自分が、「五〇〇〇万円しかいかんのか。もっとやるのも一緒やから、俺に任せてくれ。大体四〇から五〇パーセントや。この件で五〇〇〇万円貰いたい。」と言うと、被告人は、「この仕事は全日本同和会が始めに唾を付けた仕事やから四〇〇〇万円の礼がいるので、その分見ておいても良いか。」と言って報酬の件を持ち出したり、相続税の減額を「脱税やなしにやれるだろうか。」などと聞くので、「小畑君、こんなことをやるのに脱税すると言って誰が働くねん。節税に決まっとるがな。」などと答えると、谷も笑いながら、「それは完さん、節税やから行くんやろうなあ。」などと言っていたという部分は、自分たちの行為が脱税に当たることを承知の上で、それを節税だと冗談を言い合っている状況を語るものとして、迫真性がある。また、同月一〇日ころ、厚木市内の喫茶店に中村や被告人らが集合した際の状況について、中村が、新風会の便箋に章夫ら夫婦からの相続税額、被告人の要求する全日本同和会への礼金、中村の取り分とその内訳などを具体的にメモして被告人に示した旨供述するところも極めて具体的であって、信用するに十分である。

他方、被告人は、原審及び当審公判廷において、章夫ら夫婦の相続税申告手続が終了するまでの間に中村の言うような報酬の話が出たことはない旨供述し、谷も、検察官調書中で、同月二日の段階では報酬の話はしていない旨供述しているが、これらは、いずれも中村や上妻力夫の各検察官調書の供述に照らして信用できない。

3  第三に、被告人は、中村から、架空債務を計上する方法で脱税させることを聞き、かつ、自ら章夫ら夫婦に対し、架空債務を計上した相続税申告書を示して署名、押印させているのであって、原判示の不正な手段を用いることを認識していたことは明白である。

(1) すなわち、関係証拠によると、被告人は、同月三日、中村や谷と共に厚木市の章夫方近くの喫茶店で章夫ら夫婦らに中村を紹介し、中村は、章夫らに対し、相続税申告に必要な一件書類を早急に被告人に届けるよう指示した。被告人は、同月五日、章夫から、同人が荻原税理士に作ってもらった相続税申告書及び手続きの遺産分割協議書などを受け取ってこれを中村に渡した。一方、中村は、同月一〇日ころ、厚木税務署の上妻総務課長に会った際、章夫ら夫婦の相続税の申告は同和対策新風会が依頼されたことや、章夫ら夫婦の父親が数億円の負債を残しているのでその分を差し引いて申告する旨伝え、、その後喫茶店で税務署での状況を被告人に報告した。

中村は、これらの一件書類を用いて、隆次が昭和五八年二月二一日に坂本勝夫から四億円を利息一か月につき一分の割合で借り入れた旨を記載した同日付借用証書、章夫ら夫婦がその債務を責任を持って弁済する旨を記載した昭和五九年一一月一九日付確約書を偽造した上、これらの債務を章夫ら夫婦が承継した旨記載した遺産分割協議書及びこれを基に章夫の相続税が三八六万二七〇〇円、芳江のそれが六三二万七六〇〇円となる旨記載した内容虚偽の相続税申告書をそれぞれ作成し、被告人らを介し、章夫ら夫婦に右各書類に署名、押印させた。そして、中村は、昭和六〇年四月一五日、右申告書を厚木税務署に提出し、同月一八日、右申告書に記載された章夫ら夫婦の相続税合計一〇一九万〇三〇〇円を被告人の工面した金員で納付した。

(2) 所論は、被告人が中村から章夫ら夫婦の署名をもらうように言われて受け取った新しい遺産分割協議書には架空債務承継条項は記載されておらず、右条項は章夫ら夫婦が新しい遺産分割協議書に署名、押印した後、中村側で工作、記入したものであり、また、被告人は、中村が厚木税務署に章夫ら夫婦の相続税申告書を提出する前に中村から申告内容を聞いたこともないなどと主張している。

しかしながら、中村は、前記検察官調書中で、自分が京都市内の桑室司法書士事務所において、右司法書士の奥さんに手書きの遺産分割協議書をタイプで清書し直してもらった際に本件架空債務承継条項も併せて記載してもらい、完成した新しい遺産分割協議書を被告人に渡して章夫ら夫婦に署名、押印してもらったと明確に供述し、当審公判廷においても、同様の証言をしているところ、その供述内容に格別不自然な点はなく、弁護人の反対尋問によっても揺らいでいない。そして、中村としては、本件に何ら関係のない司法書士を事件に巻き込まなければならない事情などないのに、敢えて実名まで明らかにして右のような新しい遺産分割協議書を作成した事実を供述したというのは、事実を述べようとの姿勢の表れの一つと見ることができ、その信用性は高い。

所論は、また、芳江は、藤井家の実権を握っており、相続税申告書が提出された日に章夫から自分たちが四億二〇〇〇万円の借金をしたことになっていると聞かされ、章夫と一緒に死のうと思い包丁を持って夫に向かって行くほど財産維持に関心が高かっかたのであるから、中身も見ずに遺産分割協議書に署名することなどあり得ないと主張し、このことを前提として、章夫が前記検察官調書中で、架空債務承継条項が記載されていることを承知して遺産分割協議書に署名した旨供述し、芳江が昭和六三年一〇月一八日付検察官調書中で、自分は新しい遺産分割協議書に署名するに際して中身を見なかった旨供述するところは、いずれも信用できないと主張する。

しかしながら、章夫は、前記検察官調書中で、被告人から新しい遺産分割協議書への署名、押印を求められた際、隆次の坂本勝夫に対する借入金を自分と妻がそれぞれ二億一〇〇〇万円ずつ継承した旨の記載があったこと、荻原税理士の作った手書きの遺産分割協議書をわざわざ活字に打ち直した理由や相続税の具体的脱税法がわかったことなどを明確に供述しており、その供述内容に格別不合理な点はない。

また、芳江の検察官調書については、確かに、同女が、遺産分割協議書の中身を全く見なかったというのはいささか不自然な感じがするが、反面、同女が相続税減額の具体的方法などを夫章夫や同人が依頼する被告人らの力量に任せていたとも考えられるのであって、このような立場にあった同女が、章夫から相続税の減額を債務承継の方法によると聞かされ、これを真実債務を負担することになったと勘違いをして一時錯乱状態となったとしても不自然なことではないから、芳江の右のような行動を捉えて、芳江の右供述調書の信用性を否定するのは相当でない。

所論は、さらに、新しい遺産分割協議書に記載されている債務承継条項のうち、「坂本勝夫」の文字が僅かに傾斜し、その活字が他の記載部分に比べて小さいことを理由に、債務承継条項は、章夫ら夫婦が署名、押印した後に工作、付加されたものであると主張する。

たしかに、新しい遺産分割協議書に記載された債務承継条項のうち、債権者を示す「坂本勝夫」の文字が他のそれと比べて僅かに小さく、芳江が承継した分にかかる「坂本勝夫」の文字が僅かにずれていることは所論が指摘するとおりである。そして、なぜ「坂本勝夫」の活字が他のそれと異なることになったかは判然としないが、右債務承継条項のうち、右の点以外の部分については、他の記載と対比しても、活字の大きさなどの点で異なるところはなく、前記のように、中村や章夫自身が署名、押印する時点で債務承継条項が記載されていることを明言する本件にあっては、仮に、「坂本勝夫」の文字がその余の記載部分と別の機会に記入されたとしても、そのことから直ちに章夫らが新しい遺産分割協議書に署名、押印する時点では債務承継条項の記載がなく、その部分が空欄になっていたと認めるのは相当でない。

なお、被告人は、原審公判廷において、中村から新しい遺産分割協議書を受け取ってその内容を見たところ、債務承継条項の記載はなく、その部分は空欄であったとか、遺産分割協議書を新しくしたのは手書きのものではみっともないのでタイプで打ち直したと言われたなどと供述している。

しかしながら、章夫ら夫婦がその具体的方法はともかく不正な行為によって相続税を免れようとしていることを知っている中村としては、脱税の基本となる債務承継条項を記載しないで遺産分割協議書を作成し直すなどという必要はないのであって、この点にかんがみると、被告人の供述は、いかにも不自然であり、中村や章夫の前記各検察官調書、後述する被告人の捜査段階における供述に照らして信用することができない。

被告人は、取調べを担当した検察官に対し、「架空債務が計上されているのを知ったのは、中村が申告手続を行った後の四月一八日である。」と供述したのに、検察官は、被告人の意に反し、不正行為により脱税を図るとの抽象的な認識があったことを昭和六三年一〇月一五日付供述調書に記載し、さらに、右のような記載では不十分だと考え、被告人に遺産分割協議書に債務承継条項が記載されていたことを認めさせようとして、この点を認めなければ被告人の経営する会社の役員を逮捕するとか、認めれば速やかに身柄を釈放するなどと申し向け、ために、当時、重度の心臓疾患に苦しんでいた被告人としては、心ならずも同月二一、二二日付供述調書で右の点を認めたものであるから、右各検察官調書は信用性がなく、また、被告人の原審第一回公判における自白も、その直前、前記検察官から事実を認めて証拠に同意しなければ保釈は認めないと言われて、やむなく認めたものであるから信用性がないなどと主張し、被告人も原審及び当審公判廷において、右主張に沿った弁解をしている。

しかしながら、所論の自白調書は、原審において弁護人の同意を得て取り調べられたものである。そして、被告人が、自分の意思で取調担当検察官に本件犯行を自白した経緯について、自ら右一〇月一五日付検察官調書で具体的かつ詳細に供述しており、その内容は自然である。また、取調担当検察官が、被告人の右検察官調書における自白内容が不正な行為により脱税を図ったというに止まっているのは不十分だとして、その後の取調べで不正行為の具体的な内容及びそれについての被告人の具体的な認識状況を追求するのは当然のことであり、その結果、右一〇月二一日、二二日付検察官調書で具体的供述が録取されることになったからと言って、不合理なことではない。また、被告人が、捜査段階に続き、原審弁護人の援助を受けつつ、原審第一会公判でも公訴事実を認めたのが虚偽であったとは思われない。所論に沿う被告人の右弁解は、合理的に乏しく、中村の前記検察官調書及び当審公判廷における証言、谷や章夫らの前記各検察調書に照らして信用することはできない。

4  第四に、被告人は、昭和六〇年四月一八日、本件相続税申告書(控)、納付書二通及び遺産分割協議書を渡すのと引き替えに、章夫から合計一億八九〇〇万円の富士銀行厚木支店発行の保証小切手二通を受け取り、これを一旦預金した上、一部を現金、残りを複数の保証小切手で払戻し、報酬として中村に五〇〇〇万円を、谷に二七〇〇万円を支払い、その余一億円以上の金員を躊躇もせずに自分の報酬及び立替金に充当している。

被告人も争わない右の事実は、被告人が不正な手段を用いて脱税を図らせたことの動かない証拠というべきである。

5  以上のごとく、原判決が、その挙示する関係証拠により原判示の事実を認定したのは正当であって、記録を調査し、当審における事実取調べの結果を検討しても、原判決には所論が指摘するような事実の誤認は存在しない。論旨は理由がない。

第二訴訟手続の法令違反の主張について

論旨は、要するに、原審が、原審弁護人による前記新しい遺産分割協議書(甲四七)の三項の「2、坂本勝夫氏よりの借入金の内弐億壱千萬円」との記載部分から「四、相続人藤井芳江は次の債務を継承する。1、坂本勝夫氏よりの借入金の内弐億壱千萬円」までの三行の記載部分についての鑑定申請、石射克之、臼井一政、藤井芳江、桑室敦子、荻原育子に対する証人尋問の申請をいずれも却下し、弁護人からの異議申立も棄却して有罪の認定をしたのは、判決に影響を及ぼすことの明らかな訴訟手続の法令違反にあたるというのである。

しかしながら、原審が取り調べた関係証拠によれば、中村が桑室敦子に頼んで新しい遺産分割協議書を作成してもらったこと及び被告人が中村の指示を受けて章夫ら夫婦の署名、押印をもらう時点で右遺産分割協議書の三項の2及び四項に所論指摘の債務承継条項が記載されていることを認識していたことは、前述したとおり明白であって、改めて所論指摘の事項について鑑定させたり、桑室敦子を証人として尋問する必要性は認められない。また、所論指摘の証人申請については、石射(甲八)、芳江(甲一〇、一一)、荻原(甲一二、一三)の各検察官調書(ただし、甲一三は検察事務官に対する供述調書)が原審弁護人の同意を得て取り調べられており、その各供述内容に格別不合理なところはない。

以上によれば、原審が、所論指摘の鑑定申請や証人申請を却下したことに違法は認められない。論旨は理由がない。

第三量刑不当の論旨について

論旨は、要するに、被告人を懲役一年六月及び罰金三〇〇〇万円に処した原判決の量刑は重過ぎて不当であるというのである。

そこで、記録及び証拠物を調査して検討すると、本件は、被告人が、章夫、中村、谷と共謀の上、章夫の相続税を免れ、その妻芳江の相続税を免れさせようと企て、被相続人隆次の坂本勝夫に対する借入金四億円とこれに対する未払利息二〇〇〇万円の架空債務を捏造し、章夫及び芳江がそれぞれ二億一〇〇〇万円宛の債務を承継したことによって、章夫の正規の課税価格二億三六八八万二〇〇〇円、芳江の正規の課税価格二億五五〇二万八〇〇〇円から右両名がそれぞれ承継したことにした二億一〇〇〇万円を控除すると、章夫の課税価格は二七五四万一〇〇〇円、芳江のそれは四五〇二万八〇〇〇円となり、章夫の相続税額は三八六万二七〇〇円であり、芳江の相続税額は六三二万七六〇〇円であるとの虚偽の相続税申告書を所轄税務署長に提出して、章夫の正規の相続税額一億一四六九万九九〇〇円との差額一億一〇八三万七二〇〇円を免れ、芳江の正規の相続税額一億二四二六万一五〇〇円との差額一億一七九三万三九〇〇円を免れさせたという事案である。

章夫ら夫婦が免れた相続税額は合計二億二八七七万一一〇〇円と多額で、逋脱率も章夫の関係で九六パーセント余り、芳江の関係で九四パーセント余りと高率である。

被告人は、高額な相続税を減額したいと腐心する章夫ら夫婦の心情に付け込み、報酬目当てに同和団体の名を持ち出し本件犯行に及んだものであって、犯行の動機や経緯に酌むべきところはない。また、その所得秘匿の方法も大胆であり、被告人が果たした役割も大きく、一億円もの高額な報酬も得ていることなどいずれの点から見ても犯情は悪質であって、被告人の刑事責任は非常に重い。

そうすると、被告人は、原審及び当審公判廷において犯行を否認して争ってはいるものの、捜査段階においては、事実を認めて被告人なりに反省の態度を示していたこと、章夫ら夫婦が本件発覚後修正申告をして逋脱にかかる各相続税、重加算税を納付したこと、多くの社会福祉事業に対する寄付や援助を続けていたこと、被告人の健康状態が優れないことなど、原審当時存在した酌むべき事情に加え、原判決後、章夫ら夫婦から受領した報酬の返済として、現金一〇〇〇万円を支払うとともに、被告人が経営する株式会社都市開発所有の土地所有権を章夫側に移転して示談を成立させたことなど、当審における事実取調べの結果認められる有利な事情を併せて考えても、原判決の量刑は、懲役の刑期及び罰金額のいずれの点でも止むを得ないところであって、重過ぎて不当であるとは認められない。論旨は理由がない。

第四結論

よって、刑訴法三九六条により、本件控訴を棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 香城敏麿 裁判官 中野久利 裁判官 林正彦)

控訴趣意書

被告人 小畑一夫

右の者に対する相続税法違反被告事件の弁護人の控訴趣意書は後記のとおりである。

平成五年八月三一日

右弁護人 多田武

同 石田省三郎

東京高等裁判所 第一刑事部 御中

目次

第一 事実誤認の主張

一 原判決の判断とその問題点

二 藤井夫妻からの依頼を受けたときの被告人の認識

三 中村完に対する依頼と被告人の認識

四 遺産分割協議書の内容と被告人の認識

1 問題点

2 署名・押印の際の状況

3 遺産分割協議書の形状と鑑定

4 結論

五 相続税申告時点の被告人の認識

六 まとめ

七 被告人の自白の信用性について

第二 訴訟手続の法令違反の主張

第三 量刑不当の主張

第一 事実誤認の主張

一 原判決の判断とその問題点

1 原判決は、被告人は、藤井章夫、中村完、谷篤と共謀のうえ、架空債務を計上して課税価格を減少させる方法により、藤井章夫の相続税を免れ、かつ、同人を代理人として、妻芳江の相続税を免れさせようと企て、昭和六〇年四月一五日、厚木税務署長に対して、架空債務を計上した虚偽の相続税申告書を提出し、もって不正の行為により藤井章夫の相続税一億一〇八三万七二〇〇円を免れ、かつ、妻芳江の相続税一億一七九三万三九〇〇円を免れさせたとして、被告人に対して懲役一年六月及び罰金三〇〇〇万円の判決を言い渡している。

つまり、原判決は、

(一) 被告人が中村らと架空債務を計上して、課税価格を減少させるという不正の行為により、藤井夫妻の相続税を免れることを共謀した

(二) 右共謀にもとづき、昭和六〇年四月一五日、虚偽の相続税申告書を所轄税務署に提出した

という検察官の主張をそのまま認定して、被告人に有罪判決を言い渡しているのである。

2 検察官の右主張に対して、被告人は、原審以来、

(一) 藤井からは、相続税の節税対策を依頼されたにすぎない

(二) 中村完も、政治的な交渉によって、節税を図るものと認識していたにすぎず、同人が、架空債務を計上するという不正の行為を行ったなどということは、昭和六〇年四月一五日の相続税申告書の提出時点では、全く知らなかったのであり、不正行為により相続税を免れるため共謀したこともない

と主張し、原審弁護人も、かかる観点から、立証を行おうとしたが、原審裁判所は、弁護人の証拠調請求を殆ど採用せずに、被告人の主張を排斥したのである。

3 原判決が、被告人を実行共同正犯者としているのか単に共謀に加担しただけとみているのかは、判決文からは明確ではない。また、脱税準備行為を犯罪の実行行為とみるか否かについても見解が分かれており、本件における被告人の行為が実行行為の分担といえるのかどうかについても問題がある。しかし、相続税の申告書提出という実行行為それ自体は中村完が単独で行っており、被告人がそれには全くかかわっていないことは証拠上明白である。

しかりとすれば、本件事実認定の問題点は、被告人が架空債務の計上という不正の方法で藤井夫妻の相続税を免れることを中村らと共謀したかどうか、より具体的に言えば被告人に、右方法による脱税の認識があったか否かにある。そして、被告人に本件の罪が成立するためには、少なくとも中村完が右申告書を提出するまでに、被告人にも、架空債務の計上による不正の行為を行うという認識が存在していなければならない。なぜなら、原判決は、本件の既遂時期を昭和六〇年四月一五日、中村による申告書の提出の時点ととらえているのであるから、被告人に本件についての故意の存在が認められるためには、それまでの間に、不正行為を行うという認識がなくてはならないからである。

そこで、以下、このような観点から被告人の認識を順次検討することとするが、これによれば、被告人は本件申告書提出時には架空債務計上という不正行為を知らず、被告人がそれを知ったのは右申告書提出後であったことが明らかである。しかりとすれば、被告人は無罪であり、これを有罪とした原判決は、判決に影響を及ぼすこと明らかな事実誤認を犯すものであり、破棄されなければならない。

二 藤井夫妻からの依頼を受けたときの被告人の認識

1 被告人は、昭和六〇年四月一日、京都市内にある同人の自宅に藤井夫妻の訪問を受けている。同人らから相続税の節税対策の相談をもちかけられたのであるが、被告人はこれに対して、当初は、旧知の間柄であった久間章生代議士の秘書力丸尚郎らにこれを相談し、国会議員の政治力をかりて、国税当局に働きかけ、節税を図ることを考えており、不正行為による脱税など全く念頭になかったのである。被告人は、そのため、藤井夫妻来訪の際にその場で力丸秘書に電話し、翌四月二日には同秘書に依頼するため、上京しているのである。

被告人は、この点につき、原審公判において、「四月一日に藤井夫妻が被告人宅を訪問する前に久間章生衆議院議員の秘書力丸尚郎に電話した」(第三九回公判、記録第七冊二八六~二八七丁)、「知人の宮崎学を介して奥田敬和にもお願いしていた」(右同二八八丁、二九四~二九五丁)、「藤井夫妻の来ている際に、その場で力丸に電話した」(右同、第二五回公判、同五五~五六丁)、「四月二日上京の目的の一つは、力丸にお願いすることであった」(第二五回、同五六丁)旨それぞれ供述しており、この供述は、被告人の昭和六三年一〇月二一日、二二日付検察官調書の「四月二日上京し、知合いの久間章生の秘書力丸に相談してみようと思っていた」旨の供述記載(第一三項)などに照らして、十分信用しうるものである。

なお、力丸尚郎は、被告人から事前に藤井夫妻の相続税問題について相談を受けたことはない旨供述しているが(力丸の検察官調書)、一般に、政治家秘書が何か事が起った場合に詭弁と責任逃れに終始して真相を語ろうとしないことは周知の事実であるのみならず、力丸及び久間章生に関する被告人の原審公判供述(第二五回・記録第七分冊五三~五六丁、第三九回・同二八六丁以下)に照らせば、力丸の検察官に対する右供述は到底信用しえないものである。

2 被告人は、藤井夫妻の訪問を受けた際、同人らに対し同和を利用する話は一切していない。この点につき、藤井夫妻は、「被告人宅を訪問した際に被告人が同和の力で相続税が安くなるように交渉してやる」という趣旨の話をした旨供述し(藤井章生六三・一〇・一六検察官調書第一六項)、また、石射克之も「被告人が谷篤を同和関係の団体の人と紹介し、同和の説明をしたり、同和関係の法律の話をしていた」旨供述している(石射検察官調書第八項)。

しかしながら、第一に、藤井夫妻は、事前に同和関係者である杉藤旬亮に相談しているが、藤井夫妻特に妻芳江が同和を極度に嫌っていたため、杉藤への相談は立消えになっており(藤井章夫六三・一〇・一六検察官調書第一四項)、もし同和関係者による節税の話が出ておれば、藤井夫妻は、その場で被告人に対する依頼を取止めていたと考えられること、第二に、前述のとおり、被告人自身は政治家の力による節税を考えており、また、同和関係者である中村完に依頼する話が出たのは、藤井夫妻が被告人宅より帰った後であることが証拠上明らかであるから、藤井夫妻の訪問中に被告人が同和による節税を話題にする必然性は全くなかったこと、第三に、被告人宅訪問の際に同行していた臼井一政は、「小畑が同和について説明をしていた記憶もあるが、その話がどういう流れの中で出たか覚えていない」旨(臼井検察官調書第七項)、また、藤井芳江は「同和の話が出ていたような気もするが具体的なことは覚えていない」旨(藤井芳江六〇・一〇・一九検察官調書第二項)、いずれもあいまいな供述をしていること(芳江は、同和を極度に嫌っており、もし同和の話が出ていればそれを記憶していないことなどありえないはずである。)、第四に、臼井・石射ともに、被告人から「谷篤を同和関係の団体の人」と紹介された旨供述しているが(臼井につき同人の検察官調書第七項、石射につき同人の検察官調書第八項)、谷は当時新風会を辞めて同和との関係を絶っており(谷六三・一一・二検察官調書第五項)、また、谷は藤井章夫に右翼の「大和塾顧問」という名刺を渡していて(右同第八項)同和関係者とは名乗っていないこと、などを併せ考えると、被告人が藤井夫妻に対し同和の力を利用するなどと同和を話題にした事実はなかったものというべきであり、前述の藤井章夫及び石射克之の供述は到底信用できないものといわねばならない。

3 被告人は、藤井夫妻の訪問を受けた段階では、政治力による節税を考えていただけで、同和関係者に本件を依頼する意思もなく、ましてや不正行為による脱税など全く念頭になかったのである。

三 中村完に対する依頼と被告人の認識

1 ところが、被告人が力丸に会うため上京した四月二日、谷が被告人の宿泊しているホテルニューオータニで、被告人に面談を求め、被告人に中村完を紹介し、同人にこの件を任せてくれるようもちかけてきた(第一六回公判・記録第七冊五六丁以下)。

谷は、四月一日、藤井が被告人宅を訪問したとき、たまたま別の用件で居合わせ、この話を聞きつけており、自らも関与して、何らかの利益を得ようと考え、中村完を紹介してきたのである。中村は、同和団体である同和対策新風会の税務担当で、多くの案件を取り扱っているというふれこみであった。

被告人は、谷が熱心に中村を紹介することもあり、また谷が経済的に困っていることを慮って、この一件を中村に委ねることとし、政治家への依頼を取り止めることにしたのである。しかし、この中村へ一任した段階でも、被告人は、同和団体の税務当局に対する折衝力に期待しており、本件のような不正手段による脱税を意図していたわけではない。

当時、同和団体と税務当局との間に、同和団体が税務申告を代行した場合には、全面的にその申告を認め、調査を行う場合にも右団体と協力して行う旨の取決めがなされていて、同和による税務申告には特別な優遇措置が取られていたことが原審弁護人提出の証拠(弁一四乃至一六)によって明らかとなっている。そして被告人がそのことを承知していたことも、被告人の検察官調書(六三・一〇・一八第七項、六三・一〇・二一~二二付第一五項)及び被告人の公判供述(第三七回公判・記録第七冊二五八~二六二丁)によって認められる。また、被告人は、一時期同和団体に関係していたことはあったが、税務申告問題にかかわっていたことはなく(被告人が税務問題にかかわったとの証拠は全くない)、同和団体の行う税務申告の具体的内容についての知識は全く持ち合わせていなかったのである。しかりとすれば、被告人が、同和団体と税務当局との間の前記取決めを背景に、中村完が何らかの方法で節税対策を構ずるものと考え、それを期待したとしても何ら不自然ではなく、この点に関する被告人の原審公判供述は十分信用しうるものといわねばならない。この意味で、被告人の検察官調書の、「中村がインチキもしくは不正な方法によって過少申告をするものと思った」との趣旨の供述記載(六三・一〇・一五第七項、六三・一〇・二一~二二第一五項)は、被告人の気持を正確に表現するものではなく、信用できないものといわねばならない。

被告人は、中村完に依頼した段階でも、不正行為による脱税を行うとの認識は全く持っていなかったのである。

2 しかるに、検察官は、当時、同和団体を自称する組織が、不正行為による脱税を行っており、被告人も、「同和対策新風会」に所属していたのであるから、中村完は、不正行為により脱税を図るものと当然認識し得たはずであると主張している。

しかしながら、原審において明らかにされたとおり、同和団体の名を借りて、不正行為により脱税が行われていることが一般に明らかになったのは、昭和六〇年五月一〇日以降の新聞報道を契機としてであり(弁一・二)、また、被告人は、「新風会」に一時関係していたことはあったが、本件当時は完全に縁が切れていたし、「新風会」が脱税を行っていたことは知らなかったのであるから、検察官の右主張は不当である。

被告人としては、あくまで、資産評価の見直しなど、交渉による節税を図ることのみを考えていたのであり、中村もそのような交渉を行うものと認識していたのである。

3 また、検察官は、昭和六〇年四月二日頃、ホテルニューオータニにおいて、被告人が中村に四、〇〇〇万円の謝礼の話をし、更に、同年四月一〇日頃、厚木市内の喫茶店において、被告人と中村が報酬の分配案について具体的な話をしたことを前提に、被告人にも不正な方法による脱税の認識があった旨主張している(論告書第一、三)。

検察官の右主張は、いずれも中村の検察官調書の供述記載に依拠するものであるが、谷の検察官調書には、右検察官の主張にそう供述記載は全くなく、むしろ同調書からは、四月二日頃には報酬の話は出ていなかったこと、その話が出たのは四月一八日に実際に報酬を分配する際であったことが窺われるのである(谷前同検察官調書第一一項、一四項)。また、中村の検察官調書によると四月一〇日の報酬分配案なるものは、被告人四、〇〇〇万円、中村五、〇〇〇万円、谷一、〇〇〇万円というものであって(中村六三・一〇・一八検察官調書第一三項)、実際の配分額とは異っている。更に、被告人は、原審公判において、中村と厚木税務署近くの喫茶店で会って話をしたのは、納税をした四月一八日の一度かぎりのことであり、それ以前に、中村と右喫茶店で会うことはもちろん、「分けまえ」に関する話し合いなどしたことは絶対にない旨供述しているのである(第二七回公判・記録第七冊一〇七丁以下)。

しかりとすれば、中村の検察官調書の供述記載はたやすく措信することはできず、それに依拠する検察官の主張もまた不当といわざるをえない。

四 遺産分割協議書の内容と被告人の認識

1 問題点

本件相続税申告書は、昭和六〇年四月一五日に中村完によって、厚木税務署長に提出されている。問題は、被告人が、事前に中村提出にかかる申告書の内容、つまり、坂本勝夫に対する架空債務が計上された申告書であることを知っていたかどうかである。

検察官は、この点につき、被告人は、同年四月一二日ホテルニューオータニで、中村から架空債務承継条項が記載された「遺産分割協議書」の交付を受け、その内容をみて、これを藤井宅に持って行き、藤井夫妻らに署名・押印させ、四月一五日、中村が厚木税務署に申告書を届ける以前に、右協議書を中村に渡しているなどとして、被告人は、右申告前に中村が架空債務計上により脱税を行うことを確定的に知っていたはずである旨主張している(論告書第一、四)。

これに対して、被告人は、中村から新しい「遺産分割協議書」の交付を受けたのは、四月一三日で、しかも、この時点では、架空債務の承継条項は記載されていなかったし、四月一五日、中村が厚木税務署に申告書を提出する前に、中村に会って、申告の内容を聞いた事実もなかった旨弁解している。

そこで問題は、藤井夫婦から署名押印を得るため、新たに作成して被告人に交付した「遺産分割協議書」に、当初から坂本勝夫に対する架空債務の承継条項が記載されており、被告人がこれを認識し得たかどうかという点である。

2 署名・押印の際の状況

(一) 本件遺産分割協議書に署名・押印した際、藤井章夫は、坂本勝夫に対する架空債務承継事項が記載されていた旨供述し(同人六三・一〇・一七検察官調書第二項)、一方、藤井芳江は、「協議書の中身は見ずに署名・押印したので、右架空債務条項が書いてあることは全く知らなかった」旨供述している(同人六三・一〇・一八検察官調書第三項)。

(二) そこで、右各供述の信用性について検討する。

藤井章夫は、婿養子として、養父から引継いだ遺産を少しでも減少させないことに腐心していて、それが本件脱税の動機になっている位で、藤井家の財産の維持に強い責任感を持っていた(章夫六三・一〇・一六検察官調書第九項)。また、藤井芳江は、夫章夫が婿養子であるため、藤井家の財産の維持に実権を握り、相続税に関しても章夫以上に重大な関心を持っていた。このことは、芳江が章夫と一緒に、相続税の相談のため、杉藤旬亮宅や(芳江、章夫、杉藤の各検査官調書等)被告人宅を訪問していることなどから十分推認しうるところである。そして、芳江は、四月一八日になって、章夫から、四億二、〇〇〇万円の借金をしたことになっていると聞かされ、「もうこれでおしまいだ。こうなったら夫と一緒に死ぬしかないと思い込み、思わず台所へ行って包丁を持ち出し、夫に向かって行く」(同人昭和六三・一〇・一九検察官調書第八項)ほどの強い性格の持主なのである(なお、そのことは、臼井一政の検察官調書第二〇項に「藤井さんは婿養子で奥さんは気の強そうな人だし…」という供述記載からも推認しうる)。

(三) しかりとすれば、芳江が協議書の内容を確認せずに協議書に署名・押印するはずはない。したがって、芳江の前記「中身を見ずに署名・押印した」との供述は信用できず、同人は内容を確認しているはずである。また、もし、架空債務承継事項が記載されておれば、芳江は勿論章夫も当然それに気付いて被告人に問い質すはずであり、被告人の説明に納得できなければ署名・押印を拒絶していると考えられる。しかるに、藤井夫妻が内容について問い質したとの証拠は全くないし、署名・押印について異を唱えたとの証拠もない。このことは、藤井夫妻が署名・押印した際には、協議書には架空債務承継事項が記載されていなかったことを明白に示しているものであり、これに反する章夫の前記供述もまた誤りであるといわねばならない。

被告人が原審公判で供述するように(第二七回公判・記録第七冊九二~九四丁)、藤井夫妻は、被告人から、本件協議書は荻原税理士が手書きした協議書をタイプで打ち直したものとの説明を受け、それと手書きの協議書とを一行ずつ指でなぞりながら照合し、両者が同一であることを確認して署名・押印したのである。

(四) また、前途のとおり、芳江は、四月一八日に多額の債務承継の話を聞かされ、包丁をもって章夫をおいかけまわすという極めて異常な行動に出ているが、そのことは、芳江が債務承継事項を一八日になって初めて知ったこと、換言すれば、藤井夫妻が協議書に署名・押印する際には右条項が記載されていなかったことを端的に証明しているのである。

3 遺産分割協議書の形状と鑑定

(一) 次に、遺産分割協議書の原本(甲四七)について、本件架空債務承継条項の記載の形状を観察すると、それが他の文章とは別の機会に付加されたものである疑いが極めて強いことが分る。

すなわち、右原本の当該条項の記載部分を詳細に観察すると、「坂本勝夫」という四文字が、僅かに左に傾斜し、しかもその活字が他の記載部分に比べて小さいことが認められる(当裁判所においても拡大鏡を用いるなどして是非見ていただきたい)。このことは、架空債務承継条項の記載が他の記載部分とは別の機会に付加されるなど何らかの工作が加えられたことを推測させるに十分だからである。

このような観点からしても、藤井夫妻が協議書に署名・押印する際、右架空債務承継条項の記載はなく、被告人は不正の方法による脱税工作についての認識がなかったことが明らかである。

(二) 原審弁護人は、右事実を立証するため、右協議書の作成に関する鑑定を求めた。すなわち、坂本勝夫に対する債務の承継条項である

「2 坂本勝夫氏よりの借入金の内弐億壱千萬円

四 相続人藤井芳江は、次の債務を承継する。

1 坂本勝夫氏よりの借入金の内弐億壱千萬円」

との三行について、被告人が藤井夫妻から協議書に署名・押印を得、これを中村側に返戻した後に付け加えられたものであることを立証するための鑑定を求めたのである。

ところが、原審裁判所は、何の理由も示さないまま、この鑑定申請を却下し、弁護人や被告人の主張に全く耳を貸そうとしなかったのである。

しかし、藤井が署名・押印する際に、協議書に右債務承継条項の記載があったかどうかは、被告人の認識にとって、極めて重要な事柄である。

原審弁護人の主張どおり、右記載について、精密な科学的鑑定を行えば、このことは、明確に判明するはずのものである。

問題は、被告人が弁解しているように、原本に藤井夫妻が署名・押印した後に、右三行を付け加えることが技術的に可能で、これを現時点で、検証することができるかという点である。

原本を見ればわかるように、この書面は、ワープロで作成された文書をコピーしたものである。まず、問題の三行の記載のない書面を作成し、そのコピーに藤井夫妻が署名・押印し、その後、この原本自体に三行分の原稿をコピーするという方法をとれば、甲四七号証の文書は、容易に作成することができる。

重要な問題は、その検証方法である。

弁護人は、この控訴趣意書の提出の機会に、コピー機器類のメーカーである富士ゼロックス株式会社画像技術研究所にその鑑定が可能であるか否かの照会を行なった。この照会に対して、要旨次のような回答(別添参照)を得た。

すなわち、本件書面のように、一部が一回、他の部分が、二回定着ローラーを通過していると仮定した場合、コピー画像は、粉体(トナー)を熱ローラーで加圧して定着されるので、定着ローラー通過回数が増すことにより、画像が押しつぶされ、文字画像であれば、線幅が太くなり、表面が平滑になることにより、光学濃度が増加すると考えられる。したがって、別の機会にコピーされた同じ文字の直線部分の光学濃度及び線幅を測定することにより、後から追加したものかどうか、判別できる可能性があるというのである。

したがって、甲四七号証につき、右のような鑑定を行えば、坂本勝夫に対する債務の承継条項は、後から付け加えられたことが明らかとなり、より明確に、被告人の弁解が正しいことが証明されるのである。

つまり、右鑑定によって、被告人は、藤井夫妻から新たな協議書に署名・押印を得た時点では、架空債務の計上による脱税についての認識など全くなかったことが明確になるというべきである。

4 結論

以上により、藤井夫妻が協議書に署名・押印する際には本件架空債務承継条項の記載はなく、それが後になって付け加えられたものであることが明らかとなった。しかりとすれば、藤井章夫、中村完らの捜査段階における供述調書の供述記載は、いずれも、客観的事実と相違することになり、その信用性は根底からくつがえることになり、本件事件そのものの構造も全く違ったものになるのである。

五 相続税申告時点の被告人の認識

1 四月一三日、藤井夫妻から遺産分割協議書に署名・押印を得た被告人は、これをホテルニューオータニに持ち帰り、中村に届けさせるため谷に託した(第二七回公判・記録第七冊一〇八丁)。中村は、この協議書を確認したうえ、四月一五日午前中に、自ら厚木税務署に赴いて、相続税申告書を提出したのである。

右経過から明らかなとおり、被告人は本件の申告書の提出には、全く関与していないし、それがどのような経過で作成されたのかも全く知らなかったのである。

この点に関して、中村完は、被告人が中村に対して遺産分割協議書を渡したのは、四月一五日の午前、厚木税務署近くの喫茶店で、中村が申告書を提出する以前である旨供述している(同人昭和六三・一〇・一八検察官調書第一五項)。

しかし、すでに原審で明らかにされたとおり、被告人が四月一五日午前中に厚木に赴くことは不可能であり、中村が申告書提出前に被告人に会ったということはありえないのである。けだし、被告人が、同日、午前一一時一八分にホテルニューオータニをチェックアウトしていることは、同ホテルの伝票(弁一七)から明らかであり、同時刻に東京都内にいた(同ホテルの所在地は、東京都千代田区紀尾井町である)とすれば、午前中に、厚木に赴くことは絶対に不可能だからである。

同日、被告人が、中村に会ったのは、中村が申告書提出後、その控を持って、ホテルニューオータニに来た午後二時三〇分ころ(被告人は、チェックアウトの後、同ホテル内のレストラン等で、友人と飲食をしていた)であり、ここではじめて、申告の事実を知ることになったのである(第三〇回公判・記録第七冊一二〇丁)。

2 このように、中村が申告書を提出する以前に、被告人においてその内容を知り得る機会は客観的にみてありえないことであり、このことは、右申告が、中村の独断のもとで行われていることを端的に示すものにほかならない。

そして、中村が、遺産分割協議書に何らかの工作を加えたことは、同人の供述態度からもうかがうことができる。それは、中村が、新しくワープロ打ちされた協議書は、京都市内の桑室司法書士事務所で作成してもらったものである旨供述している点である(中村六三・一〇・一八検察官調書第一三項)。もし中村の供述どおりとすれば、問題の三行がいつどのようにして記載されたのか、同事務所の関係者から直ちに判明するはずである。しかし、原審弁護人の調査によれば、同事務所ではこれを作成していないことが明らかとなっており、中村の右供述は虚偽といわねばならない。

中村が、このように虚偽の供述をしてまで、新しい協議書の作成の過程を隠しているのは、同人が藤井夫妻の署名・押印後に架空債務条項を付け加えたいという経緯が露見することを恐れているからとしか考えられないのである。

六 まとめ

以上のとおり、被告人が、藤井夫妻から節税のための相談を受けてから申告書が提出されるまで、被告人は、不正の方法により相続税を免れることを意図したことはなく、中村が架空債務を計上して脱税することを認識したこともありえなかったのである。

この点において、原判決は、重大な事実誤認をしているものといわざるを得ない。

七 被告人の自白の信用性について

1 被告人の検察官に対する供述調書中には、検察官の主張に沿う供述記載があり、更に被告人自身、原審第一回公判(昭和六三年一一月二五日)における「被告事件に対する陳述」で、公訴事実はまちがいない旨供述している。

しかしながら、これらの被告人の自白は、いずれも客観的事実に反するばかりか、それぞれの自白がなされた背景的事情を考慮すれば、これにはとうてい信用性は認められないものといわなくてはならない。

2 第一に、被告人の自白の中核は、中村から託されたワープロ打ちの「遺産分割協議書」に藤井から署名押印を得る際に既に、架空債務条項の記載があったというものであるが、先に述べたように、この時点では、架空債務条項の記載はなかったのである。したがって、被告人が中村から協議書を受けとった時点で、自白にあるように、中村が、何らかの不正行為を行うということを認識することは、客観的に不可能であり、右自白は、このような客観的事実を明らかに反するものである。

3 しかもこの事情は、被告人の自白調書の変遷をみてもうかがい知ることができる。

被告人の最初の自白調書が作成されたのは、昭和六三年一〇月一五日付である(被告人の原審公判廷の供述によると、この調書が作成されたのは、一〇月一三日である。)。

しかし、右調書には、藤井から遺産分割協議書に署名・押印をもらう際の事情について、次のように記載されているにすぎない。

「私は中村から、遺産分割協議書を渡され、藤井さん夫妻から署名と印をもらって来てくれといわれたのです。

私がその協議書を藤井さん宅に持参して、藤井さん夫婦からそれぞれその協議書に署名をしてもらい、印を押してもらって、これを中村に渡したのです。」(記録第五冊九四七丁)

このように、被告人が架空債務条項の記載があったかどうかの認識については、一言もふれられていないのである。

このことは、取調検査官であった小西検事が、「不正の行為により脱税を図った」というきわめて抽象的な内容の調書を被告人の意に反して、強引に作成したものであることを端的に示しているのである。

被告人が原審公判廷で供述しているように、右の調書作成の時点においても、同人は取調検察官に対して、「架空債務が計上されているのを知ったのは、中村が申告の手続を行った後の四月一八日である」旨を明確に述べていた。被告人は少なくともこの点に関しては、真実を述べていたのである。小西検事は、この事情を十分認識しながら、「不正の行為により脱税を図った」という抽象的な認識を、被告人の意に反して、強引に調書化したのである。

ところが、このような内容では、被告人に罪責を問うことができないと考えた小西検事は、一〇月二一、二二日の両日に亘って、改めて被告人の取調を行い、検察官の主張に沿う調書を作成するに至のである(第四三回公判・記録第七冊三一九以下)。

しかし、これも、明らかに被告人の意に反するものであった。

被告人は、当時から重度の心臓疾患に苦しんでおり、また自己の経営する会社の運営のことなどもあって、早期の取調の終了と身柄釈放を強く望んでいた。小西検事は、このような被告人の心情をたくみに利用し、若し認めなければ、被告人の経営する会社の役員をさらに逮捕するとか、認めれば、すみやかに釈放してやるなどと申し向け、さらに、否認を続ければ、相続税法違反のほか詐欺などでも立件し、いつまでも身柄を拘束するなどと脅迫して、強引に調書の作成に応じさせているのである。

4 中村は、被告人に新しい遺産分割協議書を渡した際、中村が作成していた架空の「借用書」や「確認書」のコピーをも渡し、架空債務を計上する方法によって脱税する旨、被告人に話したと供述している(同人の昭和六三・一〇・一八検察官調書第一四項)。

しかして、若し、被告人が、右借用書等の交付をも受け、架空債務の計上の話をもそのとき聞いていたとするなら、この事情はきわめて印象に残ることがらであるから、一〇月二一・二二日の小西検事による取調の際、当然、被告人からも、供述されてしかるべき事項である。

ところが、同日に作成された被告人の供述調書には、遺産分割協議書だけを渡された旨の記載があるにすぎず、中村の話の内容や、「借用書」等の交付については、一言もふれられていないのである。

またもし、被告人がこれらの文書の交付を受けていたなら、藤井夫妻に面会した際、当然これらを示し、事情を説明してしかるべきであるのに、そのような事実のないことは、藤井夫妻の供述内容から明白である。

このように、中村の供述が真実であるなら、被告人の自白調書にも当然記載されていてしかるべき事項が全く記載されていないのであって、そのことも被告人の自白が信用できないことの根拠となるというべきである。

5 第一回公判における被告人の自白も、被告人の意に反するものである。

被告人が公判で供述を翻すのを恐れた小西検事は、第一回公判の直前、被告人と面会し、公判でも公訴事実を認め、関係証拠もすべて同意するよう迫っている。そうしなければ、保釈は認めないという小西検事の脅迫に、被告人は屈せざるを得なかったのである(第四四回公判・記録第七冊三三八丁以下)。

このような事情を考慮すれば、被告人の右自白には、信用性が認められないことは明らかといわなくてはならない。

6 結局、被告人の捜査段階及び第一回公判における自白はいずれも信用できないものといわねばならず、これら自白を有罪認定の証拠としている原判決はこの点でも事実誤認を犯しているものである。

第二 訴訟手続の法令違反の主張

一 原審裁判所は、弁護人の鑑定申請及び証人尋問請求(但し、情状証人を除く)を却下し、同却下決定に対する異議申立をも棄却して右各請求証拠の取調をせずに被告人に対し有罪判決を言渡している。しかし、右各請求証拠は、いずれもその取調の結果いかんによっては被告人について犯罪の成立が否定される可能性のある重要な証拠であり、原審裁判所はこれを取調べる義務があったといわねばならない。したがって、その取調を拒否した原審裁判所の証拠決定は違法であり、その違法は、判決に影響を及ぼすことが明らかである。

二 鑑定申請について

1 原審弁護人は、遺産分割協議書(甲四七)三項2より四項1までの記載即ち

「 2、坂本勝夫氏よりの借入金の内弐億壱千萬円

四、相続人藤井芳江は次の債務を承継する。

1、坂本勝夫氏よりの借入金の内弐億壱千万円」

との三行の記載が後日コピー操作によって追加されたものであるか否を対象として鑑定の申請をした(第四八回公判、平成四年七月二日付鑑定請求書)。しかるに、原審裁判所は、右請求を却下し、弁護人の異議申立をも棄却した(証拠関係カード、弁護人四五欄参照)。

2 しかしながら、前述のとおり、藤井章夫及び藤井芳江が右遺産分割協議書に署名・押印する際に、右三行の記載があったか否かは、被告人の不正行為の認識の有無を左右する重大な事実である。そして、鑑定によって、追加挿入の事実が明らかとなれば、中村完、藤井章夫、被告人らの各検察官調書の信用性は否定されることになり、事件の構造は根底から覆ってしまうのであり、しかも前述のとおり鑑定は技術的に可能なのであるから、原審裁判所としては、鑑定請求書を採用して、鑑定を命ずるべきであったといわねばならない。

よって、この鑑定申請を採用しなかった原審裁判所の証拠決定は違法であり、その違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。

三 証人申請について

1 原審裁判所は、弁護人請求にかかる左記証人五名についても、請求を却下し、異議申立をも棄却して、証人尋問を行っていない。

証人 石射克之

同 臼井一政

同 藤井芳江

同 桑室敦子

同 荻原育子

2 右証人の内、桑室証人を除く四名の証人については、当該各検察官調書の取調に弁護人が同意し、証拠調がなされている。しかし、かりに、同意が反対尋問権の放棄を意味するものと解されるとしても、当該供述調書の証明力を争うことは自由である。他の証拠との関係で供述調書の信用性について疑問があるときは、当該供述者を証人として喚問し、供述調書の内容を弾劾できるのは当然のことであるし、また、立証趣旨が異なる場合には、当該証人の尋問には書証同意による制約は全くないのである。したがって、供述調書に同意していることから直ちに当該供述者の証人尋問が許されないということにはならず、訴訟の進行の過程でその必要性が合理的に肯認される場合には、裁判所は証人調べを実施する義務があるのである。

3 そこで、このような観点から、前記各証人について尋問の必要性を個別に検討することとするが、その前に、共通の問題として、原審第一回公判において、被告・弁護側が右各証人の供述調書を含めて検察官請求の書証全部に同意した経過を明らかにしておく。

(一) 被告人は、昭和六三年一〇月三日逮捕され、同月二四日起訴されたのであるが、その間、取調べ検察官は、被告人に対し、自白をしなければ、「被告人の受領した一億円について脱税で徹底的に調べる」、「被告人の経営する会社の捜索・差押をし、会社の運営に当っている大地邦雄常務も呼出して調べる」、「保釈の申請には積極的に反対して絶対に保釈ができないようにする」などと執拗に自白を強要していた(第四〇回公判、被告人供述)。一方、被告人は、当時、重篤の狭心症のため、連日内服薬を服用し、度々発作を起こすという病状にあったため(弁一〇、一八号証)、一刻も早い釈放を強く望んでおり、また、会社の経営、従業員とその家族の生活を守る強度の必要性もあったので、検察官の自白強要に屈服せざるをえず、自白調書に署名・押印せざるをえなかった。このように、被告人自白調書は、保釈や利益供与を条件とする強制及び誘導によって作成されたのである(第四〇回公判、被告人供述)。

(二) その後、第一回公判の一週間位前に、被告人は、検察庁に勾引され、取調べ検察官から、「第一回公判で公訴事実を認め、かつ、書証に全部同意しない限り保釈は絶対に認めない」などと脅迫され、やむなく、公判廷での自白と書証の同意を約束させられている。このことは、被告人が原審第四四回公判において具体的に供述していることから明らかである。そして、起訴後第一回公判前に、検察官が取調べの必要等の事情が全くないのに被告人を検察庁に呼び出しているという事実(この点については、当審において、拘置所照会を申請し、客観的に明らかにする予定である)は、被告人の右公判供述の信用性を十分裏付けているのである。

(三) 被告人は捜査段階から被疑事実を否認しており、公判に至っても公訴事実を争う意思を有していたのである(そのことは原審公判の経過から明白である。)。しかるに、弁護人が、原審第一回公判で全ての書証に同意したのは、右のような事情があったからであり、右同意は、被告人の生命を守るため保釈を最優先に考慮したことに起因するやむをえない訴訟行為であったので。したがって、同意によって被告・弁護側が供述調書の信用性を認め、当該供述者に対する証人審問権を放棄したものではないことは明らかであり、同意によって証人尋問の必要性が否定されることにはならないといわねばならない。

4 証人石射克之について

石射は、藤井夫妻がワープロで打たれた遺産分割協議書(甲四七)に署名・押印する際に被告人に同行していた者である。石射の検察官調書では、藤井夫妻が右協議書に署名・押印した際の状況については、単に署名・押印したという事実が簡単に述べられているだけで、具体的状況については殆ど記憶がない。しかし、被告人は、原審公判廷で、右署名・押印の際の状況を具体的かつ詳細に供述し、藤井夫妻は、手書きの遺産分割協議書とワープロで打たれたそれとを一行ずつ指でなぞりながら照合し、二つの分割協議書の内容が同一のものであることを確認して、それぞれ署名・押印した旨述べている(第二七回・記録第七冊九四~九五丁)。そして、被告人の右供述は、前述の事実誤認の主張のところで明らかにしたとおり、十分の合理性がある。

しかりとすれば、藤井夫妻が二つの協議書を照合・確認した点についての供述記載が欠落している石射の検察官調書は、検察官が石射の供述をそのまま調書にしなかったか、石射の記憶が甦らなかったかのいずれかであると思われる。石射は、藤井夫妻の署名・押印の際に、その場に同席していた者であるから、石射の証人尋問によって、右署名・押印の際遺産分割協議書には坂本勝夫に対する債務承継条項が存在しなかったことが明らかになる可能性がある。そうなれば、右債務承継条項の存在を肯定する中村完、藤井章夫、被告人らの各検察官調書の信用性は否定され、ひいては被告人に不正行為の認識がなかったことも明らかになるのである。

よって、石射証人を取調べなかった原審裁判所の証拠決定は違法であり、その違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。

5 証人臼井一政について

(一) 臼井一政は、藤井方に親しく出入りしていた不動産業者であり、藤井夫妻の人物・人柄や藤井家における夫妻の関係などを良く知っている者である。

藤井芳江は、「相続税のことはすべて夫にまかせていて詳しいことは知らない」(同人の六三・一〇・一八検察官調書第二項)とか、「相続税のことで杉藤に話を聞きに行ったことはあるが、話の内容は記憶していない。同和の話が出たかどうかもよく覚えていない」(同第四項)とか、「本件遺産分割協議書に署名・押印する際には中身を見ていないので、坂本勝夫に対する借金を継承すると書いてあることは全然知らなかった」(同人の六三・一〇・一九検察官調書第三項)などと供述している。

しかし、藤井章夫は、いわゆる婿養子であり、藤井家の財産の維持に実権を持っていたのは妻芳江であった。それ故、芳江は、相続税に関しても重大な関心を持ち、章夫と一緒に杉藤旬亮に相談したり、被告人方を訪問するなど相続税問題に対処していたのである。したがって、相続税申告にとってもっとも重要な書類である遺産分割協議書について、芳江が中身も見ないで署名・押印するなどということは考えられず、芳江の前記検察官調書は虚偽であると思われる。芳江は、被告人が原審公判で供述するように、協議書の中身を一々確認し、坂本に対する債務承認条項のなかったことを承知していたはずである。そこで、本件では、芳江の人柄、夫との関係、藤井家の財産に対する管理・支配及び相続税についての関心等を明らかにすることによって、芳江の前記検察官調書の信用性を争う必要があり、その証拠方法として、臼井一政の証人尋問はもっとも有効・適切である。

(二) また、昭和六〇年四月一八日(納税の日)午後、芳江が四億二千万円の債務を承継したとの話を聞いて逆上し、包丁を持出して大騒ぎになった事実がある(藤井芳江の六三・一〇・一九検察官調書第八項、臼井一政の検察官調書第一二項)が、芳江のその行動は、芳江が債務承継の事実を事前に知らなかったことを明白に示すとともに、被告人もまた右事実を申告前には認識していなかったことを推認させるに十分である。臼井一政は、右騒ぎの際に、藤井家方においてその一部始終を目撃していたのであるが、臼井の検察官調書には、芳江が逆上して包丁を持出したという外形的な事実についての記載はあっても(第一二項)、芳江が何故逆上したのか、単に申告書の控えだけを見たにすぎないのか、あるいは遺産分割協議書をも見たのかなど、逆上の動機・原因、逆上に至る経過が明確にされていない。したがって、臼井の証人尋問によってその点が解明できれば、被告人が申告前には不正行為の認識を持ち得なかったことも明らかにしうるのである。

(三) よって、本件において臼井一政の証人尋問の必要性は高く、同証人を取調べなかった原審裁判所の証拠決定は違法であり、この違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。

6 証人藤井芳江について

藤井芳江の検察官調書の供述記載は、基本的には、本件脱税はすべて夫章夫のしたことで自分は関係ないし、具体的な記憶もない、という責任逃れに終始しているものである。しかし、芳江が相続税申告に重大な関心を持っていたことは前述のとおりであり、また芳江が「同和」を嫌っていたことも藤井章夫の検察官調書の記載から明らかである(六三・一〇・一六第一四項)。しかりとすれば、芳江の検察官調書の供述記載は到底措信しえないものであり、同人を証人として弾劾することにより、事の真相、特に藤井夫妻が本件遺産分割協議書に署名・押印する際に、坂本勝夫に対する債務承継条項が存在しなかったことなどを明白にできるものと思われる。

よって、原審裁判所は、藤井芳江についても証人尋問すべき義務があったというべきであり、これを採用しなかった証拠決定は違法であり、この違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。

7 証人桑室敦子について

中村完の検察官調書によると、「本件遺産分割協議書は、桑室敦子に手書きの協議書(司法書士荻原育子が作成したもの)を渡し、坂本勝夫に対する債務承継条項を付加してタイプで打ってもらった」とされている(中村六三・一〇・一八調書第一三項)。しかし、原審弁護人の調査によると、桑室敦子は、右事実を否定している(弁一一号)。

桑室の否定が正しいとすれば、中村完は本件協議書の作成経過について虚偽の供述をしていることになる。そして、そのことは、中村は、坂本に対する債務承継条項のない協議書を一旦作成し、藤井夫妻の署名・押印後に、右条項を追加挿入したという経緯を隠蔽するために、殊更虚偽の供述をしているとの推測を可能ならしめるのである。

中村完の検察官調書は、本件協議書に藤井夫妻の署名・押印を貰う際に、右坂本勝夫に対する債務承継条項が記載されていたか否かなど重点な点に関して、被告人の主張と真っ向から対立しており、中村の供述の信憑性いかんは、被告人の刑責の有無に深くかかわっている。したがって、弁護人にとって、中村供述の信憑性を争うことは必要不可欠のことであり、桑室の証人尋問は、その重要な端緒となるものである。したがって、桑室の証人尋問を採用しなかった原審裁判所の証拠決定もまた前同様違法である。

8 証人荻原育子について

荻原育子は、昭和五七年頃以降、藤井章夫及び同人の経営する有限会社藤井商会の税務申告を行い、本件相続税の申告についても依頼されて、申告書の原案を作成した税理士である(荻原育子の六三・四・一二検察官調書)。

荻原は、藤井夫妻の、人物・人柄、藤井家における地位・立場、財産の管理・支配、相続税についての関心の程度等を良く承知している者である。したがって、荻原の証人尋問によって、藤井芳江が相続税申告に重大な関心を持っており、遺産分割協議書の内容を見ずに同書面に署名・押印することなどありえないことを立証することができる。要するに、右証人尋問は、芳江のみならず本件における関係者の検察官調書の信用性を否定する重要な端緒ともなりうるのである。

よって、荻原の証人尋問を採用しなかった原審裁判所の証拠決定も違法であり、この違法も判決に影響を及ぼすことが明らかといわねばならない。

四 右に述べたとおり、鑑定申請及び証人申請を採用しなかった原審裁判所の訴訟手続は法令に違反し、審理不尽の違法をも犯すものであり、その違法が判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決はこの点でも破棄を免れない。

第三 量刑不当の主張

一 原判決の量刑(懲役一年六月、罰金三、〇〇〇万円)は著るしく過重であり、原判決は破棄されるべきである。

二 犯情について

被告人は、藤井夫妻から相談を受け、中村完に本件を一任し、中村が相続税申告書を税務署に提出するまで、中村が架空債務の計上という不正な方法によって相続税を脱税するという認識を持っていなかったことは前途したとおりである。

しかし、仮に、被告人が、申告書提出前に架空債務承継による課税価格の減額という本件不正行為を認識し、共謀に加担したと認定されるとしても、その不正行為を、発案したのは中村完である。また、その発案に基いて、借用証書、確約書、遺産分割協議書等を作成したのも中村であるし、相続税申告書の作成・提出、税務署との交渉、弁護士の説明書の作成等もすべて中村が実行したのである。本件不正行為の発案・実行はもっぱら中村主導のもとになされたことは証拠上極めて明白なのである。したがって、「被告人は主犯格として犯行全般を統括し、終始積極的に行動した」などとする原判決の判示(原判決、「量刑の事情」記載)は著しく事実を誤認するものである。

なお、被告人が共犯者中もっとも多額な報酬を得たことは事実であるが、それも、被告人が最初から意図していたことではなく、中村による脱税工作の結果、脱税額が予想以上に多額になったことによるもので、右事実をもって被告人が犯行全般を統括していたとすることはできない。

被告人は、最初は不正行為いよる脱税をするという認識はなく、偶々中村に依頼したことから、同人発案にかかるレールに乗ることとなって本件脱税に加担することとなったのである。したがって、本件について被告人が有罪であるとしても、本件で終始主導的役割を果したのは中村であり、被告人の本件犯情は中村に対比して軽いものといわねばならない。

三 納税と被害弁償

1 藤井夫妻は脱税発覚後修正申告を行い重加算税を含めて相続税全額を完納している(甲四四、四五)。

2 被告人は、藤井夫妻から受領した一億円を返済して、同人らの損害を弁償するため、藤井側と話合いをし、調停の申立(弁四四)まで行ったのであるが、結局不調となって、第一審段階では返済は実行されなかった(被告人の原審第四六回公判供述)。しかし、被告人としては、返済のための努力を継続しており、具体的には被告人の経営する株式会社都市開発所有の土地(座間市入谷一丁目三五二一番二、宅地一三四、二五m2)を藤井側に提出するなどして、当番において、返済を実現し、藤井側の損害を回復するつもりである(なお、この点については当審で立証予定)。

四 被告人の社会的貢献

被告人は、社会・公共のための寄付等により多様な貢献をしており、その事例を列挙すると次のとおりである。

(一) 香川県小豆郡内海町々立幼稚園のプール新設について寄付(弁三一)

(二) 右同幼稚園の水遊び場の寄贈(弁三二)

(三) 坂手大泊海岸恵比須神社の社殿及び境内の整備等を寄贈(弁三三、三四)

(四) 京都新聞社社会福祉事業団に対する寄付(弁三五、三九)

右寄付は継続的に行われ、昭和六〇年四月現在で三六回にも達している。

(五) 京都市の老人福祉事業に対する寄付(弁三六、三七、四〇、四一)

右寄付も昭和五七、五八、六〇、六一年の四回行われている。

(六) ベリーズ国(旧ホンジュラス)が大阪国際花と緑の博覧会に出展するに際し、出展費用等を援助(弁四二)

(七) 雲仙普賢岳火砕流災害救援のための寄付(弁四三)

(八) 比叡山の青少年育成事業に対する長年に亘る多額の寄付(原審証人栢木寛照の証言、第四九回公判)

右寄付・援助等は、感謝状や証言、被告人の原審第四八回公判供述等によって明らかになっているものであるが、被告人は右以外にも多くの寄付等を行っており、それは第一審判決後も同様である。このような社会的貢献は、容易に行いうるものではなく、被告人の類い稀な善意と奉仕の精神の現われであることが明らかである。

五 被告人の事業

被告人は、株式会社都市開発(弁一九)、株式会社ライフマート(弁二〇)、全国環境警備保障株式会社(弁二一)、株式会社近畿鉄建(弁二二)、株式会社松原建設(弁二三)、株式会社都市開発神奈川(弁二四)等の会社を経営しており、本件当時は二五〇名位の従業員を抱えていたが、本件事件のため、警備保障会社を除いて他の会社は休業状態となっている。しかし、被告人には右休業状態の会社を再開し、警備保障会社の運営を順調に維持・継続する責任がある。そのためには、被告人の存在が必要不可欠であり、取引先や従業員のためにも被告人が収監されるような事態は何としても回避しなければならない。

六 その他情状

被告人は、狭心症の持病があり、現在でも二、三日に一回位の割合で発作を起こすほど重い病状にあり、収監に耐え得る状態ではない。

また、被告人は、逮捕・勾留され、長期の裁判を受けることになっているうえ、前述のとおり、本件によって、警備保障会社を除く会社は休業を余儀なくされているなど、被告人は既に相応の社会的制裁を受けている。

被告人は、本件を十分反省・悔悟しており、再犯のおそれはない。

七 以上、被告人に有利な情状を考慮すると、被告人に対する原審判決の量刑は著しく過重であるというべきであり、控訴審裁判所におかれては、原判決を破棄のうえ、被告人に対し執行猶予付きの判決をされるよう上申する。

弁護士 多田武様

同 石田省三郎様

平成5(1993)年7月20日

富士ゼロックス株式会社

画像技術研究所

稲垣敏彦

TEL 0462-38-3111 内線 2390

FAX 0462-37-1415

御照会に対する回答(ドラフト)

御照会いただきました件に関しまして、下記に回答致します。

1. コピーされたものの一部が、他の部分とは別の機会にコピーされたものであることを判別する方法の一つを以下に示します。この場合、他の部分が先にコピーされ、一部が後からコピーされたということなので、一部が1回、他の部分は2回定着ローラーを通過しているということを仮定しました。

2. コピー画像は粉体(トナー)を熱ローラーで加圧して定着されるので、定着ローラー通過回数が増すことにより、画像が押しつぶされることにより、文字画像であれば線幅が太くなり、表面が平滑になることにより光学濃度が増加すると考えられます。同じ原稿から連続して4枚コピーを採り、定着ローラーの通過回数を変えた4種類のサンプルの光学濃度および線幅をミクロ濃度計で測定した結果を図1に示します。

このことから、別の機会にコピーされた同じ文字の直線部分(今回の場合は、円、千、1など)の光学濃度および線幅を測定することにより、後から追加したものかどうかが判別できる可能性があります。

〈省略〉

図1.定着ローラー通過回数と光学濃度および線幅の変化

3. 光学濃度は、ISO(国際標準化機構)およびJISの下記標準に従って較正されたミクロ濃度計によって測定されます。

ISO 5/1-1984又はJIS K 7651-1988:”写真-濃度測定-第1部 用語、記号及び表記方法”

ISO 5/4-1983:”Photography-Density measurements-Part4:Geometric conditions for reflection density”

また、線幅はミクロ濃度計によって測定される濃度分布を反射率分布に変換した分布より、最大反射率RBと画像内部の最小反射率Riより次式で求められるられる50%反射率(R50)点、すなわち

R50=0.5・(Ri+RB)

となる画像の左右の境界位置間の距離より求められます。

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